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青春がよみがえる!おニャン子のユニットが懐かしい


▼80年代後半に人気を集めた「おニャン子クラブ」

1985年4月に「夕やけニャンニャン」(フジテレビ系)がスタートし、7月に「セーラー服を脱がさないで」でデビューを果たした。その後はソロ・ユニットでも活躍を見せたが、1987年8月に番組が終了し、翌月に行われた代々木第一体育館のコンサートをもって解散した。わずか2年の活動ではあったが、現在でも一部のメンバーは芸能活動を行なっており、国生さゆり・渡辺満里奈などはタレントとして活躍している。特に工藤静香はグループでは成し遂げられなかったNHK 紅白歌合戦にソロ歌手として出場するほど活躍を見せた。

毎週のチャート1位に入れ替わりで登場するほどの人気ぶりで、空前のアイドルブームを築き上げた。

1985年7月5日発売
1stシングル「セーラー服を脱がさないで」
最高位: 5位

1986年2月21日発売
3rdシングル「じゃあね」
最高位: 1位

SAILORS(セーラーズ)
1980年代から90年代に社会現象を巻き起こした「SAILORS」。
おニャン子クラブの衣装として起用され一大ブームとなりました。 pic.twitter.com/Crg4wtFzBI

おニャン子の『じゃあね』好きだったなー。
なかじが卒業する時泣いた

●夕ニャン内のコーナーから生まれた「ニャンギラス」

「夕やけニャンニャン」内で放送されていたコーナー「愛はおニャン子を救う! おニャン子AID」がきっかけで立見里歌・樹原亜紀・名越美香・白石麻子の4名で結成。1986年4月に発売されたデビュー曲「私は里歌ちゃん」は少年隊 2ndシングル「デカメロン伝説」を抑えて、1位を獲得。9月に名越がおニャン子クラブを卒業したことで解散。2013年には解散後初となるトークショーを開催された。

1st「私は里歌ちゃん」(1位)
2nd「自分でゆーのもなんですけれど」(1位)

当初、3人で結成するはずだったニャンギラスに白石が参加することになった経緯を聞かれると、立見が「麻子ちゃんは本当に嫌だったそうで、呼ばれた時に泣いたんです」と暴露。

「プライベートは仲良かったのにニャンギラスになると泣いてた」とイタズラっぽく明かすと、白石は「何の打診もなくいきなり名前を呼ばれて、私は何のことだろうと…。前触れもなかったので…」と慌てた様子で弁明していた。

イロモノ路線として「私は里歌ちゃん」「自分でゆーのもなんですけれど」というコミックソング色の強いシングルを出し、ともにオリコン初登場1位を記録した。

リリースした全てのシングルがオリコン初登場1位というのは、現在「解散し、再結成の予定もないグループ」ではニャンギラスとCOMPLEXとJ-FRIENDSの3組だけである。

ちなみにリカちゃんと聞くと、おニャン子クラブ(ニャンギラスというか、立見里歌)の「わたし り・か・り・かちゃーん」が思い浮かぶ昭和である pic.twitter.com/GXgAVrDX29

●「ニャンギラス」の今は?

1965年11月14日生、東京都出身。

1984年にミス東海大に選ばれ、「オールナイトフジ」(フジテレビ系)のオールナイターズの活動。翌年4月におニャン子クラブとしてデビュー。1987年3月には「そんなつもりじゃなかったのに」(最高34位)でソロデビュー。翌月にはグループを卒業し、ポニーキャニオンに入社。1991年に青年実業家と結婚すると同時に退社。その後は男児を出産するも離婚。現在は広告代理店で勤務しながら、タレント活動を行なっている。今年1月には自身がプロデュースした化粧水を発売した。

◻︎ツイッター
https://twitter.com/riiikaaa15

★樹原亜紀 (会員番号6番)
1969年3月30日生、神奈川県出身。
⇒1987年3月にグループを卒業。その後はオランダ人男性と結婚し、2児の母に。現在はオランダ在住。

★名越美香 (会員番号9番)
1966年4月13日生、埼玉県出身。
⇒1986年9月にグループを卒業し、同時に芸能界を引退。その後は香港のパイロットと結婚し、1児の母に。現在は香港在住。

★白石麻子 (会員番号22番)
1969年6月12日生、東京都出身。
⇒グループ解散後は学業に専念するため芸能界を引退。1992年に結婚し、現在は4児の母。

●おニャン子解散後も活動を続けた「うしろ髪ひかれ隊」

1987年4月に解散したうしろゆびさされ組の後継グループとして工藤静香・生稲晃子・斉藤満喜子の3名で結成。デビュー当時は生稲がセンターだったが、2ndシングル以降は工藤に変更された。9月におニャン子クラブは解散するが、その後も音楽番組に出演するなど積極的に活動を続けた。しかし工藤のソロ活動も並行に行われていたため、スケジュールが合わないことが多くなり、1988年5月をもって活動休止となった。

1st「時の河を越えて」(1位)
2nd「あなたを知りたい」(2位)
3rd「メビウスの恋人」(4位)
4th「ほらね、春が来た」(6位)
5th「ご期待下さい!」(12位)

キャッチコピーは、「ふんにゃり静香と、ほんわか晃子と、しっかり満喜子で、うしろ髪ひかれ隊になったとさ」。

1988年春のファーストコンサート追加公演を最後に活動休止状態に入る

活動休止後は生稲・斉藤もソロデビューを果たした。

生稲は「ファンのみなさんは、いつかまた復活してくれると、ずっと思い続けてくれる」「それはスゴく嬉しいんですけど、なかなか復活できないし、申し訳ないという思いがあるので…」と、うしろ髪ひかれ隊の復活の難しさを語った。

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